【紹介】海辺のカフカ【小説・2002年発刊】
ブックオフで古本を眺めていて、そういえば読んでないなと思って上下巻を購入したのがひと月ほど前だ。
2、3週間ほどかけてじっくり読み終えて、とりあえず紹介文を書くことにした。
「万物はメタファーである」
ゲーテの格言だが、この物語において重要な言葉でもある。
たとえば目の前に赤いリンゴがあったとき、なぜそのリンゴが赤いのか、それには深い意味があるということを示している。
もしそれが青いリンゴだったら、もしそれが赤いイチゴだったら、おそらく自分の今後の行動は大きく変わるはずだ。
そうあるべくしてあるのだ、という哲学である。
この小説の文体はとても簡潔で読みやすい。小説を読みなれていない人もすらすら読めるだろうと思う。
だが、物語の内容はとても難解だ。漫画を読んだりアニメを見るように受動的に見ているだけでは、意味が分からないまま読むのをやめてしまうことだろう。
暗喩(わかりづらいたとえ・メタファー)がとても多い。だが、分からなくてもいいのだ。全てを捉える必要はない。
とりあえず手に取って単純な意味を受け取りながら読み進めるといいと思う。
一つ注意点があるとすると、この小説についてできるだけインターネットで調べたり書評を読んだりしないほうがいい。
難しい内容の物語ほど、不要な偏見は持たない方がいい。解釈のゆがみは、自分自身だけで完結させるべきなのだ。
最後に一つ引用しよう。
『ことばで説明しても正しく伝わらないものは、まったく説明しないのが一番いい』
――海辺のカフカ下巻509p~
【紹介】グリーン・ブック【3/01上映開始】
目次
1.世界観
2.脚本
3.映像
4.総評
1.世界観
1952年のアメリカが舞台。
事実に基づいた物語で、そこで生きている人々の生活にはリアリティがある。
当時は今よりずっと黒人差別が生活に根付いていて、それについて考え方が人物ごとに食い違うことが多かった。
そう言った現代日本ではあまり馴染みのない生活が忠実に再現されている。
2.脚本
実際にいた人物の物語で、空想の物語特有のご都合主義な展開はほとんどない。
人を殴れば逮捕されるし、人と抱き合えば感動が生まれる。
人種差別について一石を投じるような内容ではなく、純粋なヒューマンドラマとしてとてもよい脚本だったといえる。
説教臭い場面は一つもなく、現代特有の『差別』にアレルギーを示すような極端な登場人物もいなかった。
ただその時代に一人のイタリア系アメリカ人と黒人ピアニストが出会い、友情をはぐくんでいくその過程を記録した物語だ。
3.映像
天才的な黒人ピアニスト、ドクター・シャーリーは知的な人物で、たとえどんなひどい扱いを受けても怒りをあらわにしない。その分彼の考えや心情はあらゆる場面にメタファーとして表れている。
やとわれのイタリア系アメリカ人の用心棒兼ドライバーのトニーも自分の思ったことを常にそのまま口に出すような人物でもない。
普通の人間と同じように、言いたくないことは言わないし、言うべきでないこともまた、言わない。
彼らのそういった言葉にならない感情は、うまく映像として表現されていたように感じる。
殴る場面はあったが、派手さも残酷さもなくただそういった事実があった程度のもので、苦手な人でも気にならないだろう。
4.総評
南北戦争が終わってから90年ほどがたち、キング牧師がまだ暗殺される前の時代。
アメリカ全土で評価されている天才的な黒人ピアニストが差別の根強い南部でコンサートツアーを開く。
それだけ聞けば人種差別について深い部分に突っ込んでいく、いわゆる『重い話』に聞こえるだろう。
実際この物語はとても『重い』
だが人種差別があろうがなかろうが往々にして人生とは『重い』ものである。
そして人生の根本的な問い。『家族』とは。『友情』とは。『善』『悪』とは。
そう言った身近な物事についてとても考えさせられる内容だった。
『人種差別に興味がない』『重い話はつかれる』といった理由でこの映画を見るのをやめるのはとても勿体ないと感じる。それくらい価値のある作品だった。
自分の人生について真剣に考えることができる人には、おすすめしたい。
【紹介】「アリータ: バトル・エンジェル」【2/22上映開始】
目次
1.世界観
2.脚本
3.映像
4.総評
1.世界観
舞台は近未来。300年前の大戦争(没落戦争)によって多くの科学技術や文化が失われたディストピア。
戦争を生き延びた唯一の空中都市、ザレム。その下にあるならず者の街、アイアンシティ(鉄くずの街)での物語。
アイアンシティで生まれたものは、ザレムに行くことはできない。
サイボーグ(機械化した人間?)と生身の人間が共存している。
警察は機能しておらず、賞金のかかった犯罪者を殺して回収するのを生業とする賞金稼ぎ(ハンターウォーリアー)が活躍している。
銃は所持しているだけで大罪とされるため、剣やチェーンソーといった近接武器がよく用いられている。
モーターボールというスポーツ(?)が盛んにおこなわれている。
一つのボールを武装したサイボーグたちが激しく奪い合うといったもので、とても人気。
多くの偉大な戦績を上げた者はチャンピオンの称号が与えられ、ザレムに行く権利が与えられる。
2.脚本
物語性が強く不要な描写はほとんどなかった。
その分展開が少し早く、集中して見ていないとついていけないかもしれない。
サイボーグである主人公と生身の人間たちとの間に生まれる関係についての描写はとても美しく感じた。
友情や恋情、家族愛といったものもよく描かれていて、素敵だった。
灰色の機械化された世界だからこそ、そういった人間味のあるシーンがとても映えていた。
ただ物語の内容上残酷なシーンが多く、そういったものに強い抵抗を感じる人にはオススメできない。
世界観を重視した脚本で、暗い雰囲気を保っていた。汚い鉄くずの世界で必死に生きる人々の姿がよく描写されていた。
悪役は印象的ではあったが、魅力的とはあまり言えなかった。かっこいいと思える人物はいないように感じた。
反面主人公の周りの人々は皆どこかいびつで、それでいて魅力的だった。
3.映像
激しい場面が多く、予告動画に映っていない部分でも見どころのあるアクションは多かった。
サイボーグのアクションが好きな人はそれだけのためにでも見る価値があるだろう。
(個人的にはトランスフォーマーシリーズのアクションよりスピーディーで見ごたえがあった)
ゴア表現について、人間の血や内臓の描写は少なかった。
サイボーグたちが戦う物語である分、機械化された肉体がバラバラになったり首だけになったりといったシーンは非常に多い。予告動画に含まれている要素よりずっとグロテスクな部分もいくつかあった。
機械化されているとはいえ、体が切断されたり欠損していたりする映像が苦手な人は避けたほうがいいかもしれない。
アリータの大きな目については、個人的に最後まで少し違和感が残った。
しかし嫌悪感や不快感というものはなく、むしろこれはこれでアリータというキャラクターとアイアンシティの世界観をうまく表現できているのではないかと感じた。
(原作である銃夢は未読)
4.総評
鉄とサイボーグ。恋、愛。そして戦い。
『天使が戦士に目覚める』というキャッチは間違ってはいない。
私としては『記憶のない少女が戦士だった自分を取り戻す』という方がふさわしいように思えるが。
アリータが戦いの中で傷つきながら、失いながら、時に記憶を取り戻し、時に何かを学んでいく姿はとても美しかった。
萌えとか、そういった要素は全くと言っていいほど存在していない。
少し古いSFらしい厳しさと美しさが入り混じった作品だった。